クワインとフェルマーの最終定理
(更新を滞るとずっと侵略されているように見えてしまうので,むりヤリ記事をひねり出すことにしました)
さて,今年も 12 月 25 日が近づいてまいりました.皆さんご存知の「ク」で始まるあの日です. そう,クワイン (W. V. Quine) の命日ですね. ということで,今回はクワインの話です.プログラミングを嗜む人であれば,クワインというと,
を二度書け! を二度書け!のような「実行すると自分自身を出力するプログラム」を思い浮かべますが, 今回はそういう話ではありません. 彼が残した短い記事を紹介します. といってもだいぶアレンジしているので,興味のある人は元の文献 *1 を読んでください.
もうすぐお正月.初詣ではおみくじでその年の運勢を占ったりしますが, みくじ棒の入った筒を振って出た数字から大吉やら凶やらが書かれた紙と交換することがあります. みくじ棒を再利用できるように中から出ないようになっているものもありますね. 今回考える問題は,そんな「再利用できるみくじ棒の入った筒」に関するものです. 簡単のため,数字ではなくて大吉や凶が直接書かれたみくじ棒を想像してください.
問題
大吉,吉,凶の 3 種類のみくじ棒が入った筒があります. 3 回以上このおみくじを引くとき, 「大吉と吉が両方 (1回以上) 出る確率」と「凶しか出ない確率」が等しくなるためには, どんな割合で大吉,吉,凶を入れて,何回引けばよいでしょうか?2 回しか引かないのなら,大吉 1 本,吉 2 本,凶 2 本 入れれば, 大吉と吉が出る確率が 1/5 × 2/5 + 2/5 × 1/5 = 4/25, 凶しか出ない確率が 2/5 × 2/5 = 4/25 なので等しくなります. 3 回以上の場合はどうでしょう?
解答
結論からいうと,どんな割合で入れても引く回数に関係なく確率は等しくなりません. もし等しくなるのなら,フェルマーの最終定理xn + yn = zn を満たす整数 x, y, z > 0, n > 2 は存在しない.が成り立たなくなってしまいます. n > 2 として,おみくじを n 回引いた場合を考えると,
[n 回引いて大吉と吉が両方出る場合の数] = [全ての場合の数] - [n 回引いて凶しか出ない場合の数] - [n 回引いて大吉は出るが吉は出ない場合の数] - [n 回引いて吉は出るが大吉は出ない場合の数]ですが,
[n 回引いて大吉は出るが吉は出ない場合の数] = [n 回引いて吉が出ない場合の数] - [n 回引いて凶しか出ない場合の数] [n 回引いて吉は出るが大吉は出ない場合の数] = [n 回引いて大吉が出ない場合の数] - [n 回引いて凶しか出ない場合の数]なので,
[n 回引いて大吉と吉が両方出る場合の数] = [全ての場合の数] - [n 回引いて凶しか出ない場合の数] - ( [n 回引いて吉が出ない場合の数] - [n 回引いて凶しか出ない場合の数] ) - ( [n 回引いて大吉が出ない場合の数] - [n 回引いて凶しか出ない場合の数] ) = [全ての場合の数] + [n 回引いて凶しか出ない場合の数] - [n 回引いて吉が出ない場合の数] - [n 回引いて大吉が出ない場合の数]となります.ここで,「n 回引いて大吉と吉が両方出る確率」と「n 回引いて凶しか出ない確率」が等しいとすると, [n 回引いて大吉と吉が両方出る場合の数] と [n 回引いて凶しか出ない場合の数] も等しいので,
[n 回引いて吉が出ない場合の数] + [n 回引いて大吉が出ない場合の数] = [全ての場合の数]でなければなりません. 大吉と凶の本数の合計を x とすると [n 回引いて吉が出ない場合の数] は xn, 吉と凶の本数の合計を y とすると [n 回引いて大吉が出ない場合の数] は yn, 全ての本数を z とすると [全ての場合の数] は zn となるので, フェルマーの最終定理からこのような x, y, z, n は存在しません. 2 回引くとき (つまり,n=2 のとき) 示した例は, 大吉と凶の本数の合計が 3,吉と凶の本数の合計が 4,全ての本数が 5 で, 32 + 42 = 52 (ピタゴラス数) となり, 確率の等しい例になっていたわけです. フェルマーの最終定理を証明したワイルズが言ったとされる名言に
この定理は,はるか将来にもなんの役にも立たないだろう. だがそれでいい.私の数学が応用の奴隷に成り下がるなど,私には耐えられないことだ.というものがありますが,果たしてこの問題は彼の嫌いな応用の奴隷といえるかどうか….
*1: W. V. Quine, "Fermat's Last Theorem in Combinatorial Form", American Mathematical Monthly, Vol.95, no. 7 (August-September 1988), p.636. 元の記事では,青い瓶と赤い瓶と無色の瓶に n 個のボールを入れる組み合わせの数として書かれています.今回の記事ではなるべくイメージをしやすいように書き換えました.